五大堂

歴史

松島のシンボル・五大堂は、大同2年(807)坂上田村麻呂が東征のとき、毘沙門堂を建立し、天長5年(828)慈覚大師円仁が延福寺(現在の瑞巌寺)を開基の際、「大聖不動明王」を中心に、「東方降三世」、「西方大威徳」、 「南方軍荼利」、「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになりました。

地名の由来

伝説では、 慈覚大師円仁が延福寺を開いたときに、五大明王を安置したところ坂上田村麻呂が祀った毘沙門天は、ある夜、光を発して沖合いの小島に飛び去り、 その島は毘沙門島といわれるようになったそうです。

おすすめポイント

秘仏とされる五大明王像は、五代藩主吉村が500年ぶりにご開帳した1700年代以降、33年に一度ずづご開帳されるようになりました。現在の建物は、 伊達政宗が慶長9年(1604)に創建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。堂四面の蟇股にはその方位に対して十二支の彫刻を配しています。

住所・アクセス

〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島町内111

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