偕楽園記碑

歴史

偕楽園の園庭から好文亭に向かう入口の左奥にあります。第九代水戸藩主徳川斉昭(烈公)は、天保12年(1841)から13年にかけて偕楽園を造成したが、この碑はそれに先立つ天保10年にここに建てられ、あらかじめこの園を造る趣旨を公示したものである。

地名の由来

碑は縦2.51m、横2.4mの自然石で、その表面に公が自ら撰文した文字が、精巧な古篆体(こてんたい)という書体で刻まれている。本文588字、その他24字、上に「偕楽園記」の4文字を大きく題字として掲げている。また、文字を囲む梅樹の巧みな図柄は時の藩絵師萩谷せん喬(はぎのやせんきょう)の筆で、梅園の碑にふさわしい風格を備えている。

おすすめポイント

住所・アクセス

〒310-0912 茨城県水戸市見川1-1251

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