友ケ島

歴史

嘉永7年(1854年)紀州藩が幕府の命により加太に友ヶ島奉行を置き友ヶ島に藩士を常住させました。それ以来友ヶ島は国を守る上で重要な島となりました。明治21年には陸軍の用地になり、明治期に要塞、砲台が築かれてから第2次大戦の敗戦まで一般人は近づくことも禁止されていました。

地名の由来

神功皇后が新羅、百済、高句麗の三韓遠征をして帰国した時、海上で激しい嵐に遭遇しました。あまりのひどさに神功皇后が天に祈ると、「船の苫(とま=和船の上部の覆い)を海に投げ、その流れのまま進め」というお告げがあり、その通りにすると、無事にひとつの島にたどり着くことができました。その島は「とまがしま」と呼ばれるようになり、それがなまってやがて「友ヶ島」と呼ばれるようになったそうです。

おすすめポイント

友ヶ島には葛城修験道の行場が5ヵ所あります。沖ノ島の深蛇池と閼伽井(あかい)、虎島の観念窟(かんねんくつ)と序品窟(じょひんくつ)、神島の剣の池でこのうち序品窟を葛城二十八宿の第一宿とする伝承があり、今も毎年ほら貝を持った山伏さん達が修行にやってきます。

住所・アクセス

〒640-0101 和歌山県和歌山市加太

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