大仙公園・日本庭園

大仙公園・日本庭園

出典:blogimg.goo.ne.jp

歴史

大仙公園・日本庭園とは、仁徳天皇陵古墳と履中天皇陵古墳の間に広がる大仙公園の西に位置し、堺市制100周年を記念して造られた築山林泉廻遊式庭園です。平成元年3月に開園されました。公園内にある日本庭園の作庭・設計者は足立美術館庭園が有名な中根金作によるものです。大仙公園の南半は、1629年(寛永6年)に江戸幕府の代官・高西夕雲と堺の豪商・木地屋庄右衛門によって開発された新田で、当初は万代(もず)新田と呼ばれたが、のちに夕雲開(せきうんひらき)と呼ばれるようになりました。1947年(昭和22年)に大阪府によって大仙公園が計画されたが着工は遅れ、結局、大阪府立大学農学部が中百舌鳥キャンパスへ移転した翌年の1967年(昭和42年)にようやく着工されました。1971年(昭和46年)には中央図書館が宿院から移転し、平和塔と礼拝堂が建設。1980年(昭和55年)には市制施行90周年を記念して堺市博物館が開館しました。堺は古来より大陸文化の上陸地のひとつとして、大陸と日本を結ぶ重要な位置を占めていました。中世には遣明船の基地として、大陸から渡来した先進技術や文化を日本文化へ昇華させるとともに、自由都市として栄えました。庭全体を中世から海外貿易の拠点として繁栄した「堺」に見立て作庭されています。泉北丘陵を想起する桃源台に発する水流は、石津川の清流など様々な景勝を織り交ぜながら、やがて中国大陸と堺をつなぐ大海に見立てた池泉に注いでいます。ほとりにある総檜づくり銅板葺きの休憩舎は、15世紀の納屋衆と呼ばれた豪商たちの集会所を想起して建てられた数奇屋風寝殿造りで、文化的な集いの場所としても利用できます。

地名の由来

大阪府堺市堺区大仙中町にあることから大仙公園と名付けられました。仁徳陵は大きな山のような御陵だということから、昔は大山陵と呼ばれていました。大山陵が大仙陵になり、この大仙陵のあるところから、大仙町と名づけられました。

おすすめポイント

広大な広さを誇る大仙公園ですが、毎年桜の季節になると多くの方がこの公園に訪れます。実は、大仙公園内には51種994本もの桜が植えられており、大阪内でのおすすめ桜スポットとして有名です。植えられている桜はソメイヨシノやオオシマザクラなど多種多様で、それぞれの桜により色味や形も異なります。秋になると紅葉の景色を楽しめる事でも人気です。普段の園内は沢山の緑に囲まれており自然豊かな様子ですが、秋になるとイチョウやモミジなどが色付き、美しい紅葉に包まれます。

住所・アクセス

〒590-0820 大阪府堺市堺区大仙中町 大仙公園内 

百舌鳥駅から徒歩で15分

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