宮崎特攻基地慰霊碑

歴史

宮崎空港の西側の一角に、「宮崎特攻基地慰霊碑」が立っています。宮崎空港は太平洋戦争中は旧日本帝国海軍の航空基地であり、 特攻作戦が始まると、ここからも海軍の特攻兵たちが飛び立っていきました。

地名の由来

1943年(昭和18年)12月より、陸上攻撃機[双発(エンジン二基)の爆撃機]の練習航空隊、宮崎空として開隊した宮崎基地。 翌1944年(昭和19年)7月より始まった空地分離(航空隊の移動等の便を良くする為に、基地が固有の航空部隊を持たないこと) により陸攻の練習航空隊は松島へ移動。その後はいくつかの陸攻部隊等が、短期間訓練基地や南方戦線への中継基地として使用した。

おすすめポイント

宮崎空港(旧赤江飛行場)から飛び立った特攻隊を含む英霊385柱と、宮崎県出身者で宮崎基地以外の基地から発信した英霊414柱、 合計799柱の英霊が合祀されています。

住所・アクセス

〒880-0925 宮崎県宮崎市大字本郷北方181−7

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