富岡製糸場

歴史

建設はフランス人指導者ポール・ブリュナの計画書をもとに明治4年(1871年)から始まり、翌年の明治5年(1872年)7月に主な建造物が完成、10月4日には操業が開始されました。 繭から生糸を取る繰糸所では、全国から集まった伝習工女たちが働き、本格的な器械製糸が始まりました。

地名の由来

富岡製糸場の設立計画を担当した政府の役人の一人、尾高惇忠とポール・ブリュナらが武蔵・上野・信濃の地域を調査し、次の理由により上野(こうずけ)の富岡に場所を決定しました。 1.富岡付近は養蚕が盛んで、生糸の原料である良質な繭が確保できる。 2.工場建設に必要な広い土地が用意できる。 3.製糸に必要な水が既存の用水を使って確保できる。 4.蒸気機関の燃料である石炭が近くの高崎・吉井で採れる。 5.外国人指導の工場建設に対して地元の人たちの同意が得られた。

おすすめポイント

1階は事務所や作業場として、2階は乾燥させた繭を貯蔵する場所として使用されており、一度に32tの繭が保管できた。現在、1階は富岡製糸場に関するガイダンススぺースや売店として公開されている。

住所・アクセス

〒370-2316 群馬県富岡市富岡1−1

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