岩崎彌太郎生家

歴史

彌太郎の曽祖父 弥次右衛門が郷士の株を売って1795年ごろ建築したもので、建坪約30坪藁葺きの平屋、表が8帖、その脇に4帖半2間、茶の間9帖になっていて、その左が通り庭、通り庭から茶の間の床下をのぞくと芋壷(芋貯蔵穴)がみえます。また風呂と便所は別棟に設置されています。

地名の由来

明治初年土佐藩所有の船舶の払い下げから、海運業を興し、「東洋の海上王」と呼ばれ、三菱グループの礎を築いた岩崎弥太郎の生家。茅葺きの平屋で、庭には日本列島を模した庭石が配置されている。

おすすめポイント

西側と後方にある土蔵の鬼瓦に「三階菱」の岩崎家の紋がつけられていて、現在の三菱のマークの原型といわれています。また、彌太郎生家の座敷より庭園を眺めると、小さな庭園に石組が配置されています。これは少年時代の岩崎弥彌太郎が天下雄飛の夢を託して、日本列島を模して自分で作ったものだといわれています。

住所・アクセス

〒784-0051 高知県安芸市井ノ口甲

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