広島県職業安定行政原爆殉職者鎮魂の碑

歴史

広島国民勤労動員署の職員が、建物疎開作業に動員されてこの地(雑魚場町。現在の国泰寺町一丁目。爆心地から1.2キロメートル)で犠牲となりました。碑の後ろには、41人の犠牲者の名前を刻んだ名録碑があります。

地名の由来

同署職員同様に建物疎開作業に動員された多数の女学生が犠牲となった場所で、道路の向かい側には彼女らを追悼する慰霊碑(殉国学徒の碑(中区))が建立されています。

おすすめポイント

碑文:表「鎮魂 広島県知事 藤田雄山書」平成七年八月六日 広島県職業安定行政体験者及び職員、有志一同 昭和二十年八月六日、職業安定行政職員四十一名が建物疎開の就労奉仕中原爆により子の地で殉職された。この碑は再びこうしたことのないことを願いつつ建立したものである。

住所・アクセス

〒730-0042 広島県広島市中区国泰寺町1丁目1−41

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