旧亀岡家住宅

歴史

明治37年頃には完成していたと思われる。もとは桑折町伊達崎にあったが、旧保原町に寄贈後の昭和61年に解体格納、平成7年3月に現在地に移築復原された。施主の亀岡正元は蚕種製造で財をなした豪農で、後に県会議員や郡会議員を務めるなど政治家としても活躍している。この建物も正元の住居として建築されたが、社交や集会の場も兼ねていたと思われる。

地名の由来

設計者名が明記された記録はないが、他の様々な記録や他例との比較から江川三郎八が関与したと考えられる。三郎八は福島県の技手を務めたのち岡山県に転任し、主に公共建築の設計・監理を行った。岡山県に残る三郎八の手掛けた建物には、国の重要文化財に指定されている「旧遷喬尋常小学校校舎」や「旧旭東幼稚園園舎」をはじめ登録有形文化財などが数棟あり、旧亀岡家住宅との類似性がみられる。

おすすめポイント

正元は新婚旅行の際に各地の建築を見学し研究したともいわれており、この建物には施主の構想が強く反映されていると思われる。当時まだ珍しかった洋風建築をいち早く採用した点からも、こだわりようがうかがえる。内部も、銘木を多用した床の間の造りや格間の大きな折上格天井、亀甲紋の障子戸など、随所に優れた意匠や技術がみられる。

住所・アクセス

〒960-0634 福島県伊達市保原町大泉字 宮脇265番地

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