第十八師団記念碑

歴史

明治 40(1907)年、第十八師団が久留米市に設置されますが、大正 14(1925)年、宇垣一成陸軍大臣が実施した軍縮政策により第十八師団は廃止されます。しかし、再びの誘致活動により小倉から第十二師団が移駐されます。この地は終戦を迎えるまで北部九州の軍事中枢として存続し続けました。

地名の由来

大正 14(1925)年に第十八師団の廃止が決定すると、当時の師団長は市内に駐留する部隊長会議で承諾を取りつけ、久留米市の協力も得て、記念碑を建設しました。

おすすめポイント

軍と市との共同事業として、軍事施設が集中する中心部で、市が公園予定地にしていたこの地に建てられました。

住所・アクセス

〒830-0037 福岡県久留米市諏訪野町

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