笹畝坑道

歴史

吉岡(吹屋)銅山は、大同2年(807年)に発見されたと伝えられ、古書に備中の産物に関する記載があり、吹屋の銅山としての記録は戦国時代尼子氏と毛利氏の争奪戦以来、江戸時代初期一時、成羽藩の支配下にありましたが、大部分の間は天領幕府直轄地で代官の支配下で稼いでいました。

地名の由来

明治以降、三菱金属(株)の経営となり周りの小山を吸収合併し、自家発電所を設け削岩機を使い精錬等の作業を機械化し、日本ではじめて洋式溶鉱炉を造り、日本三大鉱山の一つとなりました。

おすすめポイント

江戸時代から大正時代まで操業した銅山を復元し、坑内を見学できるようにしたものです。冒険心をそそる神秘的な坑内は、年中15度前後と天然のエアコンが効いています。

住所・アクセス

〒719-2342 岡山県高梁市成羽町中野1987

関連記事

  1. 大瀬の館

  2. 肥土山農村歌舞伎舞台

  3. うろこの家

  4. 川原隧道

  5. 嘉穂劇場

  6. 広兼邸