鳥栖操車場記念碑

歴史

鉄道における貨車による貨物輸送では、貨車毎に行き先が決まっているため、要所要所で貨車を行き先の方面別に編成する作業が必要であった。この作業を行う場所が操車場であり、1980年には全国で150あった。

地名の由来

操車場は扱う貨車の両数等で3ランクに分けられていたが、鳥栖操車場は全国で31あった最重要ランクの本社指定編成駅の一つであった。操車場は貨物輸送が貨車主体から直行輸送のコンテナー主体となった事により逐次、廃止され、広大な跡地は再開発が行われている。

おすすめポイント

鳥栖操車場は鹿児島本線と長崎本線の分岐点に位置し、碑文にもある様に42万平米の敷地を持つ有数の操車場であったが、1984年2月にその機能を停止した。跡地にはJリーグのサガン鳥栖のホームスタジアムとして知られている鳥栖スタジアムが建設されている。

住所・アクセス

〒841-0026 佐賀県鳥栖市本鳥栖町

関連記事

  1. 歩兵第三十二連隊跡碑

  2. 五足の靴文学碑

  3. 贈正五位中濱萬次郞翁記念碑

  4. 東京大空襲戦災犠牲者追悼碑

  5. 峠三吉詩碑

  6. 船橋無線塔記念碑